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2015年01月22日

602年 百済の僧・観勒が日本に暦や天文地理などを伝える

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602年 百済の僧・観勒が日本に暦や天文地理などを伝える



観勒(かんろく)

百済出身の僧侶。602年、日本へ来航。暦本、天文・地理の書、遁甲・方術の書を伝えた。



暦は日数の経過を数え、季節の移り変わりを把握するものです。先進文明国であった中国では、時間を計り定め、一年の季節の移り変わりの法則性を把握する方法が開発され、独自の暦が発達。

同盟国であった朝鮮半島の百済では中国南朝で開発された暦の技術を使っており、それが6世紀中ごろ倭に入ってきました。

602年、百済の僧・観勒(かんろく)が渡来し、暦本、天文・地理の書、遁甲・方術の書を伝えました。遁甲・方術といった陰陽に関する知識は、暦を操るうえで重要となります。

暦は毎年暦博士によって作成されますが、高度な技術が到来しても、それに即応して技術を身につけるのは難しく、当初は観勒(かんろく)の持っている知識を、ある程度の知識をもった渡来系の人々に学ばせました。暦術はまずは渡来系氏族に受け継がれ国内へと定着していきました。  


Posted by 夢子 at 11:11Comments(0)602年