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2015年01月20日

600年 最初の遣隋使を送る

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600年 最初の遣隋使を送る


遣隋使(けんずいし)とは、推古天皇の時代に聖徳太子が中国の隋へ派遣した使節。600年~618年の18年間に5回以上派遣されている。



4世紀以降、倭国(日本)は朝鮮半島諸国、とくに百済と密接であり、協力関係が長く続いていた。

589年、隋が長い間分裂していた南北を統一し巨大な王朝ができる。589年、百済が隋に朝貢。591年、高句麗が隋に朝貢。そして594年に新羅も隋に朝貢。

朝廷はこのような情勢をみて、倭国も隋と直接の外交関係をもつ必要を認識し、使者を送ったと思われる。

※朝貢(ちょうこう)とは、中国の皇帝に対して周辺国の君主が貢物を捧げ、これに対して皇帝側が恩賜を与えるもの

600年の第1回目の派遣は日本書紀には記録なく、中国側の歴史書『隋書』倭国伝に残されている。

迎接担当者が風俗について質問すると、倭の使者は『倭王が天や日と兄弟である』と答えた。この回答に対して、隋の文帝は『まったく理屈が通っていない』として改めるよう訓令した。


第1回目は対隋外交の準備不足で、隋の文帝から訓令されるという結果に終わりました。







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