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2015年01月30日

608年 小野妹子、隋使の裴世清らと帰国

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608年 小野妹子、隋使の裴世清(はいせいせい)らと帰国


600年 最初の遣隋使を送る

607年 小野妹子を隋に派遣(遣隋使)

607年、第2回遣隋使は、小野妹子が『日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや、云々』という書き出し国書をもって派遣されました。これを読んだ隋の皇帝・煬帝(ようだい)は立腹。

翌年、小野妹子は隋の使者・裴世清(はいせいせい)らと帰国。その際、小野妹子は隋からの返書を渡されましたが、小野妹子は返書は百済で盗まれて無くしてしまったと言っています。

隋の皇帝・煬帝(ようだい)を怒らせてしまいましたが、この後倭から隋に留学生、留学僧が送られ、直接隋で学ぶ機会ができました。





小野妹子(おののいもこ)

『妹子』という名前ですが男性です。

古代の日本は最後に『○○子』をつけるのは男女問わず用いられていました。明治以降『○○子』は女性名の最後につけるのが定番となりました。



裴世清(はいせいせい)

中国王朝隋の煬帝(ようだい)による命令で倭国を訪れた使者。






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