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2015年02月03日

610年 高句麗の僧・曇徴が彩色、紙、墨、碾磑の製法を伝える

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610年 高句麗の僧・曇徴(どんちょう)が彩色、紙、墨、碾磑(てんがい)の製法を伝える


日本書紀に高句麗から渡来した僧・曇徴(どんちょう)の記述あり。

推古天皇十八年(西暦610年)春三月に、高麗王は僧の曇徴と法定(ほうじょう)を貢いだ。曇徴は五経に通じていた。絵の具や紙墨をよく作り、さらには碾磑も作った。思うに、碾磑を作ることは、この時より始まったのだろうか。(現代語訳)


※碾磑とは、穀物を挽くための、水力を利用した臼のこと。



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