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2015年02月13日

626年 蘇我馬子亡くなる

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626年 蘇我馬子亡くなる



蘇我馬子(そがのうまこ)

飛鳥時代の政治家、貴族。

生誕  欽明天皇13年(551年)?
死没  推古天皇34年5月20日(626年6月19日)


6世紀前半に朝鮮半島から仏教が伝わると、その受容をめぐり豪族たちの対立が起こった。仏教受容を推進する蘇我馬子の勢力は、仏教に反対する物部守屋の勢力と戦い、物部守屋を滅ぼし権力を掌握する。内戦後は聖徳太子とともに推古天皇を支え、遣隋使の派遣や冠位十二階や十七条憲法などの施策を行う。

しかし蘇我馬子は聖徳太子と協調した一方、聖徳太子の進めた天皇権力の強化を警戒していた。


【蘇我馬子に関する記事】
585年 蘇我馬子、仏教を広める
585年 物部守屋が仏塔、仏屋を焼く
587年 蘇我馬子、物部守屋を滅ぼす
592年 蘇我馬子、崇峻天皇を殺害
593年 厩戸皇子(聖徳太子)が推古天皇の摂政となる
594年 推古天皇が三宝興隆の詔を発布
596年 法興寺(飛鳥寺)完成
601年 聖徳太子が斑鳩宮を造営
604年 聖徳太子が十七条憲法を制定
620年 『天皇記』『国記』を編纂
622年 聖徳太子亡くなる





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