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2015年02月27日

642年 皇極天皇即位

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642年 皇極天皇(こうぎょくてんのう)即位



皇極天皇(こうぎょくてんのう)

第35代天皇。

生誕  推古天皇2年(594年)
崩御  斉明天皇7年7月24日(661年8月24日)

在位  皇極天皇元年1月15日(642年2月19日) ~4年6月14日(645年7月12日)

※重祚して第37代 斉明天皇(さいめいてんのう)。在位:斉明天皇元年1月3日(655年2月14日)~7年7月24日(661年8月24日)。


舒明天皇は生前、子の中大兄皇子(のちの天智天皇)を皇太子に立てていたが、16歳では皇位を継ぐには若すぎると判断されたのか、即位したのは舒明天皇の皇后・宝皇女(皇極天皇)だった。

皇極天皇時代は異常気象が頻繁に現れ、長雨や日照りが続いたり、暖冬や冷夏になったりした。642年日照りが続くと皇極天皇は南淵(明日香村)の川上で、自ら跪き四方を拝し、天を仰ぎ祈った。すると雷が鳴り、大雨が降った。雨は5日間降り続け、国中の農民は大喜びし、『たいへんなお徳をお持ちの天皇だ』といったという。

皇極天皇は先代にならい蘇我蝦夷が大臣としたが、政治を行ったのは蘇我蝦夷の子・入鹿だった。その権勢は父・蝦夷よりも強く、蘇我氏の専横が頂点に達したのが皇極天皇の時代だった。

645年、中大兄皇子、中臣鎌子らが宮中で蘇我入鹿を暗殺して蘇我氏を滅ぼす(乙巳の変(いっしのへん))が起こると、皇極天皇は同母弟の軽皇子(後の孝徳天皇)に皇位を譲った。日本史上初の譲位とされる。



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