› 日本の歴史を可愛らしく表現 › 664年 › 664年 筑紫に水城を建造

2015年04月09日

664年 筑紫に水城を建造

トップ > サイトマップ >






664年 筑紫に水城を建造



白村江の戦いで敗戦したので、中大兄皇子は、唐・新羅が博多湾から大宰府に攻め込むことを想定し、対馬・壱岐・筑紫に防人と烽を設置し、筑紫に水城を築く。


防人(さきもり / ぼうじん)
飛鳥時代から平安時代、律令制度下で行われた軍事制度。
大陸からの侵入を防ぐ目的で九州北部の沿岸や壱岐・対馬(つしま)に派遣された兵士。

烽(ほう、とぶひ)
外敵の侵入などの事態を急報するための『のろし』をあげる設備。
狼煙(のろし)とは、物を焼くことで煙を上げ、それを離れたところから確認することによって、情報を伝達する手段。

水城(みずき)
国防施設。博多湾方面からの攻撃から大宰府を守るための防御線となる直線状の堀と土塁。
現在の福岡県大野城市から太宰府市にかけてあった。



同じカテゴリー(664年)の記事画像
664年 甲子の宣(かつしのせん)
同じカテゴリー(664年)の記事
 664年 甲子の宣(かつしのせん) (2015-04-08 11:11)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。