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2015年02月18日

628年 推古天皇崩御

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628年 推古天皇崩御



推古天皇(すいこてんのう)

第33代天皇。日本初の女帝。

生誕  欽明天皇15年(554年)
崩御  推古天皇36年3月7日(628年4月15日)

父・欽明天皇、母・蘇我堅塩媛


18歳で敏達天皇の皇后となり、34歳のときに敏達天皇が崩御。39歳のときに崇峻天皇が暗殺され皇位を継いだ。日本最初の女帝である。

天皇に即位すると、甥の厩戸皇子(聖徳太子)を皇太子に立て、政治を任せた。また、推古天皇の母は蘇我稲目の娘・堅塩媛であり、実力者の蘇我馬子とは叔父と姪の関係にあたり、天皇のもとに厩戸皇子(聖徳太子)と蘇我馬子が協力しあって政策を進めた。

内政として有名なものに、冠位十二階、十七条憲法(同12年(604年))がある。

外交では小野妹子を隋に派遣。

宗教政策としては、天皇と厩戸皇子(聖徳太子)は仏教の興隆をはかり、各地に寺を建てたり、高麗や百済から僧が渡来した。

622年、厩戸皇子(聖徳太子)が亡くなると推古天皇は蘇我馬子の助けを借りながら政治を行う。

624年、蘇我馬子は天皇の直轄領のひとつである葛城県(かずらきあがた)を、元は蘇我氏の本拠地だったという理由で、私領として賜りたいと願い出た。ところが推古天皇は『あなたは私の叔父ではあるが、だからといって、公の土地を私人に譲ってしまっては、後世から愚かな女と評され、あなたもまた不忠だと謗られよう』といって許さなかった。

626年、蘇我馬子が亡くなり、2年後の628年に推古天皇も崩御した。





  


Posted by 夢子 at 11:11Comments(0)628年