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2015年03月30日

658年、阿倍比羅夫、齶田・渟代の蝦夷を討つ

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658年、阿倍比羅夫、齶田・渟代の蝦夷を討つ


阿倍比羅夫(あべのひらふ)、蝦夷・粛慎の征討開始

『日本書紀』に、『斉明天皇4年(658年)4月、越国守阿倍比羅夫が軍船180隻を引いて蝦夷を伐つ、齶田(飽田)・渟代二郡の蝦夷望み恐じて降わんと乞う』と記されている



蝦夷(えみし、えびす、えぞ)
大和朝廷から続く歴代の中央政権から見て、日本列島の東方(現在の関東地方の一部と東北地方)や、北方(現在の北海道地方)に住む人々

粛慎(しゅくしん)
満州(中国東北地方及びロシア・沿海地方)に住んでいたとされるツングース系狩猟民族。


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